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第4話 期待し、信じていた海外遠征の成果。しかし……  1986年3月13日、奇しくも6歳の誕生日にシンボリルドルフはアメリカ西海岸、ロサンゼルス近郊のサンタアニタ競馬場に向けて旅立って行った。入厩先は同じサンタアニタのロナルド・マカナリー調教師の厩舎であった。  出走を予定しているレースは3月30日(日本時間)の芝1マイル半のサンルイレイS(GI)であった。  サンタアニタ競馬場は、私も以前一度だけ行ったことがある。  ロサンゼルス郊外のアルカディアに、320エーカー(約39万坪)の広大な敷地面積を誇る、アメリカでも最大級の非常に美しい競馬場である。ただし、その半分近い16万坪が、2万2000台駐車可能な駐車場で、ほかにも2100頭の競走馬を収容する厩舎村や馬の病院などもあるので、コース自体はさほど大きいわけではない。  正面入り口を入ると大きな噴水があり、その先がメイン・スタンドの入り口である。スタンドから見るとまずダートのメイン・トラック(1マイル)があり、その内側に7ハロン44ヤードの芝コース、さらにその内側に調教用のダートコースがある。内馬場は遊園地やギフト・ショップ、ワイン・ショップなども完備している。  サンタアニタ競馬場にはもうひとつ名物ともいわれる「ヒルサイド・コース」と呼ばれる全長6ハロン88ヤードの芝コースがあり、シンボリルドルフが出走するサンルイレイSもこのコースが使われた。  向う正面の駐車場の奥の丘の上からスタートし、下り坂を左にカーブしながらメインのダートコースを横切って、左回りの芝コース(アメリカの競馬場はすべて左回り)に入り、楕円形のコースを1周と少し行ったところがゴールとなる。  シンボリルドルフ陣営が馴染み深いフランスではなく、アメリカの西海岸を選んだことについて、和田共弘オーナーは後日、 「ヨーロッパではなくアメリカを選んだのは、いろんな条件を考えると、アメリカのほうが勝ちやすいからだ。サンルイレイSはだから勝ちにいったレースだったんだが…」  と語っている。  3月30日(日)、仏滅、シンボリルドルフは敗れた。  当日の早朝にラジオたんぱでレースは放送されるはずだったが、私はテレビの録画で、シンボリルドルフの敗戦を知った。和田オーナーの思いも空しく、6着というシンボリルドルフにとって初の惨敗だった。テレビで見る限り直線でいつもの伸びはまったく見られなかった。  私の中に、 「またしてもダメか、シンボリルドルフでもダメなのか…」  という大きな落胆の思いが広がった。  昭和30年代に、ハクチカラという馬が同じサンタアニタで勝ったことは知っていた。しかし、私が競馬を知って以来、スピードシンボリ、タケシバオー、メジロムサシ、ツキサムホマレ、フジノパーシア、ハシクランツ、そしてシリウスシンボリという馬たちが挑戦した海外の壁は厚かったことも知っていた。  しかし、シンボリルドルフは別だ。シンボリルドルフなら、きっと楽々とその壁を突き破ってくれると、私は信じていた。いや、私だけではなかったはずだ。多くの競馬ファンがそう信じていたはずであった。  評論家やマスコミの憶測はもうたくさんだった。私はできることならロスに国際電話をかけて、「彼」自身にその敗因を聞いてみたかった。  そして、そのころたぶんサンタアニタのマカナリー厩舎の馬房で痛めた左前脚をかばって、「彼」はその痛みに耐えていたのだろう。  いま、改めてレースを見るとスタートしてしばらくは順調である。やや、外目の3番手を楽に追走し、下りのカーブも難無くこなしている。  その次の瞬間、ダートコースを横切った時に、事故が起きたというのだが、ビデオを繰り返し見てもはっきりとはわからない。いわれてみれば少し左前脚が外に流れるようなフォームになるか所はある。  聞くところによると、この芝コースを横切るダートコースは慣れない馬には、深い穴に見えるらしく、その前の下りのカーブとともにサンタアニタの難所といわれているらしい。  診断の結果は「左前脚繋靭帯(けいじんたい)炎」であった。シンボリルドルフの初の海外遠征は残念ながら、彼の偉大な戦歴に大きな汚点を残しただけで終わった。シンボリルドルフの帰国後、その敗因についてさまざまな意見が飛び交った。日本人スタッフの不参加、環境の変化による体調が不調だったなど…。 1986年12月7日、中山競馬場で行われたシンボリルドルフ引退式。ルドルフは7冠の王座ゼッケンをまとい、最後の中山ターフを駆けた。  一度はその年の秋にフランスの凱旋門賞に、今度は日本のスタッフで、という話もあったが、結局シンボリルドルフはその年の12月7日に中山競馬場で『7』の数字に王冠のマークをデザインしたゼッケンをつけて、引退式を行いファンに別れを告げた。  10年ひと昔というが、あれからわが国の競馬は大きく様変わりした。  シンボリルドルフは初年度の産駒からトウカイテイオーを出し、内国産の種牡馬として、不動の地位を築いている。そのトウカイテイオーの産駒たちもすぐにターフに登場することだろう。シンボリルドルフの海外遠征直後に、あの天皇賞で「皇帝」を差し切った唯一の馬、ギャロップダイナがフランスに遠征したが、これは残念ながら失敗に終わった。  しかし、その後日本馬の海外への挑戦は続き、昨年(※1995年)はクロフネミステリーがアメリカのディスタフH(GII)で3着と健闘し、続いてダンスパートナーがフランスのノネット賞(GIII)でハナ差の2着となり、年末にはついにフジヤマケンザンが遠征三度目にして香港国際カップ(GII)に優勝した。  今年(※1996年)もタイキブリザードなどの海外遠征が予定されていると聞く。日本馬の海外GI制覇もそう遠いことではないように思う。  わが国の競馬史上最強馬(私はいまもそう信じている)が、その戦歴に汚点を残し、自らの足を痛めて蒔いた種は、いま海外で大きく花開こうとしている。

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ジャパン見せ場たっぷり2着〜菊花賞 2005年10月24日(月) 6時4分 スポーツニッポン 4角入り口、アドマイヤジャパン(赤白帽)とディープインパクト(青帽、右から2頭目)はご覧の位置取りだったが…  最後の最後まで抵抗したのがアドマイヤジャパン。逃げたシャドウゲイトの直後につけ、ほかの14頭を大きく引き離して向正面を進む作戦に、場内からはどよめきの声が上がった。4角でバテたシャドウを捕らえた時、後続との差はまだ7〜8馬身。直線では内ラチ沿いをゴールに向けて懸命に走った。最後はインパクトにかわされての2着に終わったが、敵陣営に冷や汗をかかせる見せ場たっぷりの内容だ。  引き揚げてきた横山典は開口一番、「一瞬じゃない、かなり長い間夢を見たよ」と悔しさをにじませたが、「道中もいい感じで追走できたし、言うことないレース」と自分自身に言い聞かせるように話した。神戸新聞杯5着からの巻き返しに「前走は本調子ではなかったがよく立ち直った。本当に凄いよ」と同騎手。松田博師は「生まれてきた年が悪かった。向こうが強いんだから仕方ないよな。まあ、でも今後に向けて楽しみができて良かった」。3冠阻止はならなかったが、今後に希望をもたせる銀メダルだった。 [ 10月24日 6時4分 更新 ]

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